9/14/2015

[&] Cool VR and Bad VR - Hirose Michitaka



イケるVR、ダメなVR その境界を分かつもの
廣瀬 通孝

■1. 自己紹介・研究分野
東京大学の廣瀬です。
題名が挑戦的に書いてありますが、そういう話しできるかどうか自信は無いのですが、
事務局が気合いいれて書いてしまって、必ずしも僕の責任ではないです。
比較的長いあいだVRの研究をやってきたので、やっちゃいけないことなど、お話しできるのではと。
専門はVR です。ここに来られた人は、初めてVR聞いた人はいないと思います。
VRは、決して新しい技術ではなく、最近良くききいますが、今は第二波目なのです、
1980年に第一波がありました。
コピュータが作った空間に入り込み、そこでいろいろな体験をしようという技術のこと。
その言葉が登場したのは 1989年だが、そのルーツは宇宙会はう。

最初のVRkあら25年が経過し、VR技術は第二世代に投入しつつある。
技術の世代交代が進み、驚異的な高機能化、低価格化がすすんだ。

バイバンサザランド、初めて三次元インタラクティブCGは初めて作られた。
それからまた25年経っている。
第一世代の時にはWebなんてなかった。タブレット端末なんて影も形も無かった。
今また騒がれているのは、Google Glass, Oculus Rift 1980年当時あった HMD.
レゾリューションが 1Kで値段が数万円。
1980年代当時は、基本的には何百万もして、スペックは、200x200 で、
よくおまえ買ったよな!うちの研究室も買ったけど。
一番最初に買ったのは東京電力。

それで、25年前は、いきなり Google Glass みたいな小さい VR は始めることはできずに、
大規模でクオリティの高い方向にいきました。
その頃は、プロジェクターでどう投影するか?360度、プラネタリウムみたいなものを作って、
CABIN 東京大学の黒歴史と呼ばれています。巨大な立体スクリーンを 5枚用意して、
そうすると4畳くらいの空間ができて、床が強化ガラス 2枚 2.5cm くらい。強度計算やって。
情報やっているのか、建築やっているのかわからない時代であった。

ソフトウェア的な技術と、建築的なものが一体化した時代。

TelePresence 臨場感通信 1997年くらいから、
マルチメディアバーチャルラボラトリというプロジェクトを初めて、COSMOS/gifu
ギガビットネットワークを使って、じゃぶじゃぶ画像を送り合う、総務省のプロジェクト。
遠方から送られてくる、アバターと、VR空間に映し出された車を遠隔で検討する。
金さえかければできることがわかってきたのが 90年代。

MRP Mobile Remote Presence 高い臨場感+安いロボットが手に入るように。
実際に居ながらにして、VRな空間を体験することができるように。
なので、もういっかいブームになってきた。
2000年くらい、25年の間に技術者は遊んできたわけでなく、
2000年くらいにウェアラブルコンピュータがやってきて、
洋服の中に縫い込めるようなコンピュータ。IBMが時計を作った。
これも今日お話ししますが、
コンピュータは小さくするまでは良かったのですが、何するか考えていなかった。
明確にわからなくて、第一波として消えていった。
Apple Watch は何するのか、微妙なところなので、コメントは避けておきます。

愛知万博、領域型展示
隈健吾さんが、森の中でやる万博なので、パビリオンを建てなくていいのではないか?
全部ウェアラブルでやればいいのではないか? 残念ながら時期尚早でした。
この時に面白かったのは、いままで土建国家だったのを、情報に投入しても良いのではないか。
サイバー、フィジカルにつながってくる。

ウェアラブルというのは、ウェアラブルコンピュータを使って面白いことができるのではないか?
最近はビッグデータと呼ばれていますが、いろいろな方向に使えるようになって、
基本コンピュータは記録の機械です。みたり聞いたりしたものをたくさん記録していけば面白い。

一日に人間はどのくらい喋っているのか?
1日に17分くらいしゃべらないとボケるという。
フィールドワークで使える。
自分がどこにいるのか全部記録される。
リアルになってきて、ビッグデータみたいな話しにつながっていったのでは。

バーチャルタイムマシン
何枚の写真から、3Dの世界が再構成できて、タイムマシンになる。
2000年ころ、面白いものがいろいろでてきた。
五感。今はあたりまえだが、2000年ころから注目されるようになってきた。
満腹感みたいなものをどうやってコンピュータに入れるのか?
視覚的に食べ物を大きくすると、満腹になる。クロスモーダル。
別の感覚で別の刺激になる。だましの技術でよくないかも(笑)

通信でも冗談みたいな技術が使えるようになってきて、
遠隔会議なのですが、生の顔よりも笑っている。
心理学的に根拠がある。

結局、第一世代は技術的に何ができるかを出した時代。
私たちは「八百屋」といっている。何ができるのかを議論してこなかった。
第二世代で中身、コンテンツを気にするようになってきた。

研究室で最近やっていること、高齢化問題にVRはどう使えるのか?
おじいちゃんが HMD を被るのですか?

本質は、物事をバーチャル化する、
リアルなものをちょっと間に挿入して、
全員の顔が笑った顔になるテレビ会議、遠隔になることで可能になる。
お年寄りも働きたい。バーチャル化した労働環境を作ることで解決できるのでは?
身体的に厳しい人が外に出ることもできる。
そんなようなことを今やっています。

■2. これだけは知っておいて欲しい「研究分野に関わるよくある誤解」

よくある誤解みたいな
話題として二つぐらいお話ししようかなと。

1)独創性と新規性
我々研究していると、すごく新しいものを作ろうとか、独創的なものを作ろうとするが、
最初からそれを目指すとうまくいかない。結果としてそうなることはある。結果なんです。
VRでもなんでも、そうなんですが、最初はものすごく当たり前のところから入っていきます。
私は鉄ちゃんなんですね、いきなりですが、東海道新幹線の話しをします。

東海道新幹線というのは非常にイノベーティブな鉄道。6時間が一気に3時間になったので、
どのくらいの時間をかけたのか? 5年です。5年間でこれだけのことをやったのです。
誤解は、新しいことは何もない。
線路の幅を広くしたり、交流にしたり、全部どこかでやっていること。
技術を組み合わせてやった。プロジェクトリーダーは島秀雄さん。
ちょっとかっこいいおじいちゃん。知ってます?
後に宇宙開発事業団。つきつめちゃ行けない。後進の人が改善する余地が無くなる。
そういう頃合いが大事で、
そもそもイノベーションは何かというと、技術系の先生にあるまじきことを言うと。

イノベーションは2軸ある。
技術軸と、意味転換軸、技術をかえなくても意味を違えてしまう。
ゲーム機とか、電話とか。
両方がんばるとイノベーションになる。
それなりに難しいのですが、ここにおられる方は、
誰に対してのメッセージかわからなくなりますが、
技術軸ばかり追って、さちってくる。
フィフナーの法則。がんばっても閉塞感を感じたら、違う軸にいってみる。
新幹線はこれを教えてくれる。

もう一つは、
2)シグナルとノイズ
さっきの独創性と新規性の罠を VR にひっかけて言うと、
技術的に新しい時代は終わって、コンテンツにいく。
例えば、ライフログ、今われわれが勉強している情報学、
これは情報量 i=log-1/2 と定義されるが、次になるかというと、
ノイズが凄い多いなかで、シグナルをどう送るか?
シグナルとノイズが分けられるということが前提。

でも、VRのアプリケーションの一つとして、博物館がある。
Yahoo オークションを考えてみてください。
値段がでるもの、金貨みたいのは出ない。皆が大切だと思って出さない。
グリコのおまけとか、古い 10円玉とか、日常的に広がっていて、
気がついたら無いようなものを、皆あとで大切に思う。

博物館は、重要なものだけ取っておきなさい。というのは難しい。
重要じゃないと思っているものが 100年たったら重要になってくる。
シグナルとノイズが分離できない。

鉄道博物館というのは大宮にあって、天皇陛下が乗った電車があって、
一般の電車よりもはるかに人気がある。
タモリさんも涙する。
山手線の車両なんて、一両も残っていない。
中央線のオレンジ色の列車。今は帯がはいっているもの。
そういうもの。日常的なノイズのようなものこそ非常に重要。

阪神大震災があって、あの時に僕らは六本木のアークヒルズにいて、
都市建築を研究しているグループで、記録しようという話しをしていた。
彼らがやったのはまさにライフログで、GPSと3台のカメラで神戸を走って回った。
CABIN の前身みたいので、みるように。ライフログ第一号。
NHK とか、ニュース映像をやまのように撮影しているのは、壊れたところしか撮影していない。
メリハリもなく何も考えずに撮影していたものが記録になる。
メリハリの記録が重要なだけでなく、記録は全部撮るのが非常に重要。ビット単価が低くなってきたので。

■3. 研究者人生におけるターニングポイント

すぐおわってしまう。そんなにたいしたことやってない。
これは、なかなか難しい。
どうやったらうまいこといくか。皆さん一番気になるところ?
そんな秘訣はない。
僕が幸せだったとすれば、大学院を卒業したのが 1980年くらい。ラッキーだった。

1980年はマイコン元年。
秋葉原にピットインができたり、独特の空気が世間を。
逆に言うと先輩が居ない。その前は大型機の人で、ちゃんとした体系を築いていた。
マイコンの世界では、尊敬すべき人が居なかったので、比較的自由にできた。
その時に思うのは、マイコンをオモチャと思った人と、オモチャに思わなかった人がいる。
我々は、知らなかったので、ミニコンを知らずに捨てた。
ミニコンはあきらかにインタフェースとか、マイコンに比べ明らかに劣るもの。
10万円くらいの、ハンダ付けして作るコンピュータ。
NEC TK-80 和解比とあ見た事ないかもしれない。青春の黒歴史。
おもちゃみたいなコンピュータだったけれど、過去の参考文献は無かった。
そういう意味に置いて、僕の先生は石井たけのり先生、大学院で行った時に、
このちっちゃいコンピュータが世の中を変えるんですよ。そうですかねーと言ったのを
延々と言われています。

ターニングポイントは、10年に一回ぐらいづつあって、
1980年がマイコン
1990年がVR 映像とインタラクション
2000年頃は油断していたかもしれません。
2010年に東大の IOGの人と友達になった。老年学の先生方と一緒になって、いろんなプロジェクトをはじめた。
高齢者問題をメディア技術で解決するという。
人に流されてきて、自然体できたので、こういう感じのターニングポイントでした。
今になって反省するのは、今もものすごく変わっているのです。
けれど、その瞬間は分からないのです。
昔を振り返ると、凄い時代だったのだが、その時はそれほどでも無い。
新幹線開発グループは輝いているようだが、必ずしもそうでは無いかもしれない。
基本的には、後から考えてみると、時代の要請
ちょっとづつ考えていくといいのかもしれない。

Q. 研究が開花しないもの?
時代の要請というのは、文脈ということ。
同じ事を言っても凄いね!と言われる時も、無視されることがある。
反応する部分と反応しない部分があるのが、時代。
VR学会というのが 20年前に立ち上がる。第一回目に杉山さん(デジタルハリウッド)が特別講演をお願いして、
皆さんバーチャルアイドル伊達杏子これも黒歴史。
なつかしいですね。
伊達杏子は高齢者に使える。後で記録見ると、そうおっしゃっている。
まったくそういう記憶はない。完全に聞き逃している。
どうしてその時気付いてくれなかったんですか?と。
時代と独立として評価される研究はありますが、
周りの時代的文脈に合うと開くし、合わないと開かない。

■4. 研究活動における独自の方法論。新時代の研究室とは?

2つぐらいの話しをします。
基本的にコンテンツドリブン。実験室ということについて考えた方がいい。
オープンスパイラルモデル。

最初に大きなCABINのような研究開発の話しをしましたが、
あれって、1997年、90年代の終わりVRバブルの最後の輝き。
その前までの研究は、今でもそういうことが成功すると信じていますが、
基礎研究があって、大学の中でやっていて、それをアプリケーションの現場に出してみて、
OKなら本格的に進めていくと、きれいごととして言っています。
でも、どうしてこんなものつくってくれちゃうの?ということがあります。
VRな巨大な実験装置を作って、シミューレション実験のアイデア自身は良かったのですが、
いろんなアプリケーションを考えた時に、
遺伝子をVRで見たりとか、そういう人達は、遠くまで行かないんですね。
建物をわたって来ることすらしない。
自分たちの机の上で全部やっている。ちょっと違うのではないかと思った。

実験室とか、ラボの中でやるということと、外でやることは違う。
大きな企業ではおおかれすくなかれ、独立すればするほど、そういう問題がある。
それを認識して、
その一方では、現場というのはある程度進んだものに対しては抵抗する傾向があるので、
東京大阪間の電車を作りたい場合、なんで線路の幅を拡げなければいけないのか?
新しい技術にたいして、知識が無いと、抵抗する場合がある。
テレビを見た事が無い人に、テレビのことを説明してもイメージできない。
新幹線は、鉄道ではなく、航空機のようなもの。
いきなり持ってくると拒否反応になってしまうので、
90年代の半ばくらいに、小児病院の先生たちと、子供達にワクワクできる体験ができないか?
小児病院のお医者さんは、大人が入院している場合は、2-3年かわらないけれど、
子供の 2-3年は大きい。なにかできないか?
志の大きなお医者さんなら良いが、ISDN引けばいい? とになって。
もうちょっと高級なことを試せないか?とフランクにお願いできる関係が重要。

そういう環境を作ることが非常に重要なのか?
コンテンツドリブン、映画の監督と一緒にやればいい?
監督は映画のフレームワークを大事にするので、インタラクティブなことができない。

いい例として、灰色歴史ぐらいの話しを

デジタルミュージアム、
一つの良い例題。SVRプロジェクト。
この時は、出口を最初に設定した。博物館でやるからいは、最初から科学博物館で、
展示をやること、遊びとは違うので、厳しいことを言われる。
その中にVR技術を惜しげもなく投入することで始めた。
SGIという効果なグラフィックスエンジンを使い、二ヶ月ぐらいの展示をやりました。
凸版の人が気合いを入れてモデルにして。
後で聞いてみると、SGIのマシンを定常運用したのは初めてだった。
そういう意味ではけっこう新しいことをやっていた。VR学会の論文賞をとった。
研究としてみた時にも、意味があるものができた。
大切なのは、やったフィールドが、相手に認められるというのが一つの評価基準。

ゲーム展 2005 にも、ユビキタスゲーミング。歩きながらできるゲーム。
博物館は面白い存在で、2000年にはいってから、博物館と仲良くして、
鉄道博物館とも仲良くなって。
博物館は、ほどほどの非日常空間。実験室から技術がでていかないときに、
一般の人にさらす時、家庭だとなかなか難しい。博物館は面白い場所。
デジタルミュージアムというプロジェクト、文科省でお金をつけて、面白いことを。
一言で言うと、ミュージアムの中でVRはどういう使い方ができるのか?
停まっている電車にタブレットをかざすと、動いている動画が見れるとか。
前転集映像による、寝台特急北斗星乗車記録。
たのしかったのを記録してとっておく。
高崎の蒸気機関車の記録、その場の体験をどうやってとっておくことができるのか?

いろんな人達がたくさんくる。VRも HI 研究。
成人男子 20名による実験をしているのですが、
それはなんか変です。
博物館だと 8000人のデータがわかったりする。

1000人規模で被験者がでてくる、A方式とB方式との違いがわかる。
インタラクティブな人の動きがわかるので、
単に見せているようでも動きがわかる。
あたらしい実験場所として十分わかる。
実際やってみると、結構大変。
相手をその気にさせるのが重要。博物館の運営の人をその気にさせるのが重要。
いろんなフェーズを渡り歩いていくうちに、大きなプロジェクトになっていく。
プロジェクトしりとりが重要。

万世橋、思い出のぞき窓
昔の鉄道博物館にビルができていて、歴史的な場所。
昔の風景を見せてあげると面白い。
場所を提供してもらえる。
興味を持っていることにヒットした。
100年前の東京に色を着けるという NHK の番組。
そういっていくうちに、しりとりのように大きくなってきて。

最近、東京文化資源区構想、
観光産業とつなげていこうという。
秘訣ではないですが、こういう感じは、いい感じです。

■5. すごいチームの作り方

ノウハウ本みたいになってきましたが、だいたい無いんですよ。
こういうことをやっていると一人では出来ないので、チームが大事なんですよ。
だけど、優秀な人材を集めれば良いかというとそうではなく、
だいたい、一流の人間を集めてはいけない。かならずしも超一級ではなく、そうだとケンカしてしまう。
学生も4年生は知らないので、ちゃんと言うことを聞いて付いてくる。
変に知っているとダメ。
CABIN を作ろうというときに、CABIN のスクリーンは、普通のプロジェクタを使っているような人達は、
スイートスポットから見ることを考えているので、一級品のスクリーンだと目もあてられない。
新幹線も電車よりも航空機のチーム。
VRの時、スパコン買おうという先生がいたけれど、リアルタイムで動かない。
酷い結果になることは日をみるよりも明らかで、超一級だから良いわけではなく、疑ってかかる。

超一流の人達だと、一緒にやっていて面白い。価値観野共有。
異分野の人達と一緒にやろうとする時、技術系の人と、美術の人と一緒になにかやろうとした時、
展示会のテーマってこんなに大事なんだと思ったり、
一緒ににやって楽しい楽しく無い、深いところにある哲学が同じだと思い白い。

近代的なものが良いと思う人と、土俗的なものが面白いと思う人、
ゴジラの音楽家は、西洋音楽を否定したところから生まれたというのだと、
西洋が一番だと思う人からすると否定的かもしれないが、
人間は動物で、きれいごとよりも、動物的に動く方がいい。
そういうことは、スキルとは違ったところで、一緒の価値感をもっているのは大事だと思う。

うちの研究室でやっているのあh、ダメセンサー
ダメという状況はネガティブだが、プロジェクトでもこうなってくるとダメだというのが分かりますよね。
ロの字型の机があって、会議のプロセスについて議論するとか、危ない。
担当者がコロコロ変わるのも危ない。
そういうのをライフログでなんとかならないか。
自分の癖みたいのもあるし、変な方向に向いているかな?とか、
東大の学生は優秀なのですが、プロジェクトの推敲能力とは違うところがあるので、
メダル性、いいことやると金メダル、悪いことするとプルトニウムメダルとか、
研究室には長いこと居た方がいいとか?

先生の奥さんが運転した車にのったことがあるのがパラメータになったり、
意識高いセミナーに出席したことがあると、×とか。
いい場合と悪い場合がある。ビッグデータの時代ですから。
チームの作り方は重要だし、ひとことで言えない。
題目的では無いという部分も重要。

■6. 私の3冊

■飛行機設計論

あんま本読まない人なんですよ。
それで、なぜか飛行機設計論
絵に描いたような古い本で、何を言い出したかというと。
山名正夫、海軍の爆撃機を作った人。
航空学科に行きたかったのですが、職が無いと思って、
この本は中学3年生の時、2800円(当時)
なんでかというと、航空機をやってみたいと思って、
中二病で全能感があって、
当時は、これ一冊読めばコンピュータ作れるみたいな本があって、
これ一冊読めば、飛行機が作れそう。
全部読むのはとても難しい。僕も全部読んでいません。
とてもインパクトのあることが書いてあって、
前書きのところに、数式の塊の本なのですが、
飛行機というのは方程式を解いてつくるものではない。
計算式を解けば最良の形がでてくるものではない。
設計しようとした時に、基本的な形を頭の中でイメージすることが重要。
絵を描く時の構図かもれしれない。これによって試作機の運命が左右される。
技術で何か作るのはすごく面白いと思った。
良く言われることですが、ある種論理的能力は、
仕事しようとした時の、最終目標がここだと言うと、
最初どこを目指すのあ、一番いいところにとっつくのか?
スタートからゴールまでのプロセスは論理的能力。どこからスタートするのか?



■アーティフィシャルリアリティ

現実の世界にVRを重ねて ARとVRを重ねるのですが、
一番最初は人工現実感。
マイロンクルーガー
英語の本を一冊読んだことがありますか?
自分で読めるとは思わなかった。
目的さえあれば、なんでも読める。
それまで最後まで読み切ることは無かったのだが、
1983年、VRのブームが来る前に語っていたので、
歴史の前の部分を書いている。その後のVRの、
その当時というのはVRが羽ばたいていく時代。
その頃バークレイにいて、暇だったということもあって読んだ本。



■新幹線を作った男

一つのシステムを作ろうとしたときに、新幹線の話しをしますが、
日本はシステム作るのが苦手だと言えますが、これみると違う。
いろいろなリソースを上手に組み合わせて、でっち上げる。
時代がそうさせたのかもしれないが、いかに用意周到に新幹線を作ったときに、
ものすごく革命的なものを作るのですが、ギャンブルではなく、
既存のものを組み合わせて、世界銀行に借款してしまうとか、
止められない作戦に出るとか、
某競技場とかみると「勉強しろよ!」と思うのです。
技術屋としても、周りを支える人達がどのように物事を進めていくのかがわかります。




7. 新規事業開発へのヒント

趣味と研究対称が一致した時のよろこび。
別にお話しすることはそんなに無い。
仕事(大義、名文)
鉄道が研究につながるといい。
聞き捨てていただいていいのですが、一番重要かもしれない。

趣味と仕事
趣味を仕事にするのがいい場合と、悪い場合の両面がある。
例えば、JR、僕の友達のものすごい鉄ちゃんが、国鉄に入社して、鉄道車両会社の社長になったのですが、
一般的に、鉄道ファンをとらない。鉄道ファンは会社をダメにする。
ほんとの鉄ちゃんは、隠して入社する。
微妙な関係を理解しなければいけない。
夢のような列車を作りたいという希望はある。飛行機会社も同じ。
コンテンツの内容自身について愛情を持つ。
お医者さんも同じ。本当に愛してみるものに、メスを立てられるのか?

趣味と仕事が一緒の方がいいのか?客観的な方がいい?
鉄道が趣味だと言い始めたのは最近のこと。
若いうちから言わない方がいいかもしれない。
鉄道という趣味について。
僕にとって良かった。デジタルミュージアムの場合、学生も大変だと思うのですが、
コンテンツを知ってしまっているので、きびしくなる。両方を知っているから。
二人の人間が一人の人格の中にいる。

もう一つあるのは、鉄道という、薦めるわけではないのですが、知っておいて損ではない。
ワイルドカードだから。
お題を入れる。鉄道と女、鉄道と国家、鉄道と軍隊とか、何を入れても、5分くらい話せる。
結構話題はある。
知識体系に対して、趣味をそういう形で見てみると、どんな対象であっても、
自分の興味の中にひっぱりこむことができる。

天文の先生がいますが、コメント頼めると、かならず天文の見地から話す。
趣味を持つのは悪いことではない。
課題の中で、2番目、やっちゃうこと。なんで鉄道が好きなのか、意味は無い。
好きということは、そっちの方向にいくので情報にかたよりがある。
情報をうまく活用することで貢献できれば幸せなこと。

意味転換。
イノベーションを実現するのは、非常に重要な頭の使い方。
バスケットボールが好きだから、老人問題を解決というのは意味転換にならない。
バルケットゴールの気持ち良さは、ゴミ捨てもバスケットボールの気持ち良さと同じになる?
そう考えるといい。

Q. VRはゼロから作らないといけない?

A. 全天球写真、イメージベーストレンダリングとか、そういう形もとれる。
はるかに楽になった。テレビとは違う。インタラクティブで面白いコンテンツは非常に難しい。
手間ではなく、どこが面白いのかを考えないといけない。ゲームの人達は良く考えている。
VR学会のとあるセッションで、ブラタモリのプロデューサーに来てもらったのですが、
ブラタモリはVRメディアが面白い。テレビ番組のようなストレートなものを作ると難しい。
インタラクティブな細かいところに入っていけるようなコンテンツがあれば、面白い。
作り方としていろいろなヒントが出てくるのではないかと思っている。

Q. VRは新しいものだと思うのですが、新しい価値観が出てくる。一般の人達には?

A. VRは新しいもので、価値観は生まれていない。
たとえば、僕らよりも上の世代の人達は、映画のクオリティに憧れを感じている。
テレビは映画よりも下だと思っている。映画に比べると、低いけれど、
テレビの小回りの良さ、テレビ世代は、違ったものだと思っている。
フォトリリアリズムは映画だが、テレビで見た方がいいと思っているものもある。
その一方で、スーパーマリオみたいな画質で泣くというのは何?と思ってしまう。
そういう意味でのクオリティや価値観は面白い。
それはテクノロジーとしての、ある時点で、古いものは進歩が停まっているので、
いつかは抜く、抜く前から、出来ない事、新しいことができる
そちらの方を重要だと思う価値観がうまれ、
そちらに向かっていく。
テレビも最初は映画をなぞっていったものだが、
VRはまだそこまで行っていない。
ブラタモリみたいなみのは、そのひとつのヒント

Q. コンテンツドリブン、どういったバックグラウンドの人が面白い?

A. タモリが電車欲しいといっていた。廃線になった 1/1 の鉄道模型を楽しんでいる人達がいる。
鉄道ってそんな真面目に話していないのですが、まだどっぷり入っていないのが未熟なところ。
鉄道の意味転換は重要で、パブリックアート、鉄道はパブリックアートではないのか?
デジタルパブリックアートプロジェクトをやっていて、
森の中に突然作品がでてきたりして、地元のいろんな人が論議を巻き起こすぐらいのものが良くて、
パブリックアートの良さは、それが無くなった時に、空白感、空虚感があるもの。
鉄道も無くなった時に空間のゆがみを感じる。産業装置としてとらえられているが、
もうちょっと見るものとして、震災の象徴のような鉄道も。観光資源というのはそういうこと。
鉄道の人は真面目なのでビジネス的なことしか考えていないけれど。
具体的に話してみたい人は、三陸鉄道の社長とか?

8. 研究が社会にもたらす価値
未来のルールチェンジ

その時代にタダのおのをあびるほど使用する。
高いものを使うこともできるのですが、それは成金。
地価革命という本に書いてあったかと思うのですが、
堺屋太一が子供の頃、雨戸を閉めるのに半日かかっていた、
そういう家は豊かな家ですねと言えていたのですが、
今安いものというのはいったい何なのか?
マイクロチップとか凄く安くなってきている。
1970年当時、ICチップは高かったのですが、40ピン程度で高いのがあったのですが、
数万円しました。それが、スイカほどの容量もないほどのものが。
ミューチップのようなものすごい小さいチップが安く手に入るようになり、
2050年にほとんどタダになっているものは何なのかを考える。